戦時下に小学生だった母が言う。成長期の子どもが食べるものがないっていうのは、本当につらいもんだよ。冷蔵庫の中でまたモロヘイヤを腐らせる、飢えを知らないわたしには分からない。
もし三億円が当たったら猫の飼えるマンションに住もう。友禅作家に竜宮城の訪問着を作ってもらおう。宇宙旅行をしよう。A3のレーザーカラープリンターを買おう。稲垣足穂全集を取り寄せよう。ジャガーに乗ろう。宮崎駿に「あたま山」をアニメ化してもらおう。
夫を兵隊に取られ、村で内戦が始まり、畑を奪われ、命からがら国境を越えてきた若い妻が言う。見てください。この子たちは食べるものがないから土を食べているんです。
三億円が当たったら、瓦礫の下で、「さとうきび畑」を歌おう、わたしを見つけてと、したたるような空の青さに、携帯電話が鳴る、蜜蝋のような指先で、あの人の名を刻もう。どうしてわたしでなくあなたが死ななければならなかったのか。宙に浮かぶ巨大なルーレットに向けて、矢が放たれる。はじかれた世界。
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