旧刊・新刊
隆 慶一郎 著 『吉原御免状』 (新潮文庫)


 今さら紹介するのも気が引けるが、最近になってはじめて隆慶一郎の作品を読んで、なんておもしろいんだと驚いた。 たまたま網野善彦が誰かとの対談で「これほど吉原に詳しい人はいない」と隆慶一郎のことを評しているのを読んで気になっていたので手にとってみた。 一気にはまってしまった。網野善彦らの中世の研究成果などを土台とした想像力によって細部まで緻密に物語を紡いでいく手腕は、才能と呼ぶほかはないものだ。 この「吉原御免状」は隆慶一郎の小説家としてのデビュー作。宮本武蔵に育てられた松永誠一郎が吉原を守るために裏柳生との壮絶な戦いを繰り広げる。 その背景には徳川家康の秘密が…。エンターテイメントとしてのおもしろさは言うまでもない。 それに加えて、吉原をつくったのが中世自由人・公界(くかい)の者の末裔であることを軸に物語が展開する点や、吉原の様々なしきたりなどの語りに興味が尽きない。 また、このデビュー作には後の隆作品のモチーフがいっぱい詰まっている。しかし、隆慶一郎はすでにこの世にはいない。 小説家としての活動はたった五年だった。実に惜しい。 (小出朝生)