□□季刊 手の仕事□□

社団法人中部産業連盟の月刊マネジメント専門誌
「プログレス」
より 小出編集長に執筆依頼があり、
プログレス5月号 潮流 のコーナーに掲載されました。


仕事っていったい何?
季刊雑誌『手の仕事』編集長 小出朝生
 『手の仕事』という季刊雑誌は、身近な職人の知恵や技を通じて、仕事とは何かを考えようと平成5年に創刊しました。 この十数年の間に合計37冊を発刊しています。1冊当たり4、5名を取材していますから、ざっと150名ほどの方々にこれまで登場していただいたことになります。
 雑誌の名前を『手の仕事』としたのは、私自身が前々から「仕事」という言葉に惹かれていたからです。 「仕事」は、たんに生活の糧を得る職業を指すだけでなく、芸術作品にも用いられますし、その人の生き方を端的に表すこともあります。私にとって、「仕事」は実に魅力的な言葉だったのです。
 それともうひとつ、その頃、どうも自分は頭でっかちになりすぎているのではないかという思いがありました。 もっと体を動かすというか、手でものを考えることがあってもいいのではないか。大袈裟にいえば、《手の復権》のようなことを、漫然とですがイメージしていました。
 実際、ものをつくっている職人の方々の言葉は、極めて単純であっても、心の中でねむっている感覚を刺激するような、心地よい驚きを与えてくれましたし、インタビューを通じて「誰かがどこかで何かをつくっている」ことを知ること、また、その現場を見ることはなにより楽しいと改めて実感しました。 この楽しさが、雑誌をつくる大きな原動力です。
 創刊号で取材した弁天製菓という和菓子屋の筒井心一さんは、戦後の甘いものが全くない時代に、「甘いものを腹一杯食べたい」と願い、和菓子屋になったと話していました。饅頭をつくるあざやか手業は今も脳裏に焼き付いています。
 長谷川理容は、私がいつも髪を切ってもらっていた床屋です。実際に髪を切ってもらいながら、ご主人の長谷川喨一さんに床屋の楽しさなどをうかがいましたが、「床屋は機械では絶対できません。技術を覚えることは本当に楽しかった」と懐かしそうな目で語ってくれました。
 丹羽正行さんは、おそらく日本一の綿布団職人です。岐阜のシャツメーカーの方から、すごく高い技術を持った綿布団職人がいると紹介されたのですが、それがあまりに私の自宅の近くなのでびっくりしました。 考え抜かれた綿打ち技術を駆使してつくる丹羽さんの綿布団は、ふっくらとして気持ちよさそうなのが一目でわかります。
 名古屋市中村区の新川屋クリーニング店の児島高三さんは、取材当時91歳でした。「児島さんがアイロンをかけたシャツではないとだめ」というお客さんが今も多いと話していました。 重いアイロンを長年使ってきたせいで、右手の指が曲がってしまっていましたが、それは児島さんの仕事に対する姿勢を表しているようでした。私はその指が勲章のように見えたものです。
 インタビューした方々に共通している点がひとつあります。それは、「最もうれしい瞬間は?」という質問に対する回答です。ほぼすべての方が「お客さん(ユーザー)に喜んでもらえたとき」と答えているのです。 特別驚くような回答ではありませんが、何度も同じ質問を繰り返して、同じ答を聞くうちに、私はこの言葉にこそ仕事の本質があるのではないかと思えてきました。
 自己満足という言葉には矛盾があります。悟りを開いた人間でもない限り、自分自身の承認のみで十分満足することはできないからです。私たちは他人(社会)から承認されることなしに満足を得ることができない存在です。 だからこそ、自分と他人の承認を得るために、職人たちは知恵をしぼり技を磨いていくのです。これはどんな仕事にも共通しているといっていいでしょう。
 職人というと非効率で時代に逆行しているようなイメージがありますが、実際にはそんなことは全くありません。 「お客さんに喜んでもらいたい」という思いを土台として、知恵と技を築き上げている職人たちの言葉には、現代の仕事を考えるうえで大切なヒントがたくさん隠されていると私は感じています。