□□季刊 手の仕事□□

もっと・コイデメモ

手の仕事編集長が日々の徒然を綴ります。

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帽子と歩む人生
2005/03/08

 手の仕事で帽子屋さんを取材して以来、毎日帽子をかぶるようになった。いちいち髪をセットする必要はないし(これまで一度たりとも自分で髪をセットしたことなんてないが)、帽子を替えるだけで気分が一新されるので、生活がほんの少しだけ楽しくなった。また、この先、頭が禿げたとしても、帽子さえあれば、もうこわいものなしである。
 私がかぶっているのは茶色のウール製ハンチングである。寒い日なんかは、これをかぶっているだけで結構暖かい。しかし、今日のようにぽかぽか陽気になると、そろそろ春用の帽子を手に入れたいと思った。そこで、インターネットの帽子屋さんへ茶色とグレーのコットン製ハンチングを注文した。2つでしめて7000円。高いのか安いのかはわからないが、この店はつくりがしっかりしているので気に入っているのだ。
 帽子をかぶるようになって、まわりに帽子愛好家が多いことに改めて気がついた。筒井さんは、いろいろな帽子をかぶって写真をとっているし、松永賢は、長年、自分のデカイ頭に合う帽子がなくて悩んでいた(そんなおおげさな)そうだが、私が教えた帽子屋で自分の頭に合う帽子をみつけて、「これで悩みが解消した」と喜んでいた。松永賢も、これで汚いタオルを頭にまくこともなくなるのか。
 街を歩いていると、帽子をかぶった人が気になるようになった。お年寄りは帽子愛好家が多い。ハット、キャップ、ハンチングと、みなそれぞれに帽子をかぶることを楽しんでいる。というか、すでに帽子が体の一部と化しているご老人も少なくない。年季が違うことが、その立ち姿からよくわかるのである。
 若者(この言い方はあまり好きではないが)は、それに比べるとファッションという側面が強い。服装とのコーディネートから帽子を選んでかぶっているような、そんな感じ。出掛けるときに、さも当たり前のようにひょいと帽子をかぶるのではなく、鏡を前にして、じっくりとコーディネートを判断している感じ、といえばいいだろうか。もちろん、それはそれで楽しそうなのだが。
 私はどちらかといえば、ひょいと帽子をかぶる派になんとか近づきたいと思っている。何年かかるかわからないが。そうだ。死んだときには、帽子と一緒に荼毘に付してもらおう。唐突だが、今度、葬儀の文章を書くことになったので、今、頭の中は葬儀のことでいっぱいになっているのだ。
 帽子とともに歩む人生。いいのかわるいのか、よくわからんが、まあ、この先の私の人生は、そんな感じだな、きっと(どんな感じだ!)。

ルイ・ヴィトンの財布
2004/12/08

 うちの近くにある24時間営業のスーパー「マックスバリュー」。息子の健太郎と一緒によく行くのだが、午後6時頃になると、夕食の支度のためか、おばさんでてんやわんやの状態になる。レジはどこも長蛇の列。私たちは、100円のハイチュー1個買うだけなのに、悲しいことに、てんこ盛りのカゴをぶら下げたおばさんたち長い列の後ろに並ばなくてはいけない。
 ひまなので、おばさんたちがお金を支払う手元を見ていると、前の前の前のジーパンはいた小太り眼鏡もルイ・ヴィトン、その後ろの茶髪もルイ・ヴィトン、トメさんもルイ・ヴィトン、良子おばちゃんもルイ・ヴィトン、みんなみんな、あの茶色のルイ・ヴィトンの財布から時々指でお札をなめながら支払っているのである。ちなみに私の財布は2000円で買ったカンサイヤマモト。
 いったいどうしてなんだ。ルイ・ヴィトンって、そういうブランドなのか。どういうブランドか知らんが、ルイ・ヴィトンの財布を持っていないといけないという決まりでもあるのか。噂に聞くところによると、ルイ・ヴィトンって確か高級ブランドだったよな。みんながみんな偽物を持っているとも思えないしな。
 うーん、不思議だ。しかも、貧乏くさい。貧乏ではないのだろうが、くさい。本物の貧乏である私に言われたくないだろうが、みっともないから他の財布に替えなさい。
 普段そういう光景を見慣れているせいか、ルイ・ヴィトンの財布を見ると、どうももの悲しい気分になる。もちろん、ちゃんとブランドの価値を認めて使っている方もおられるだろうが、こういうイメージはなかなか払拭できない。私たちはイメージによって、世の中の認識している。そこに、可能性も限界も両方あるからやっかいだ。

赤ん坊の手
2004/11/21

 どういうわけかわからないが、二人目の子どもができてしまったので、嫁と一緒に名古屋・堀田の助産院へ行って来た。
 一人目の子供は、嫁の実家がある東京・目白の助産院で生んだ。もうすぐ生まれそうだと携帯電話に連絡が入ったとき、私は自宅で仕事をしていた。東京へ向かうために、すぐに名古屋駅へかけつけたが、その日は大雨で新幹線がかなり遅れていた。男の子が産まれたとメールが入ったのは、山手線に乗っているときだった。あとからわかったことだが、名古屋駅のホームで立ち往生しているときに、すでに産まれていたらしい(間抜けな話だなあ)。
 それはさておき、はじめて抱いた赤ん坊は本当に小さかった。なにもかもが。なかでも手のひらの小さいこと。自意識というものが宿っていないことが、より一層小ささを際だたせている、それが赤ん坊の手だった。
 話は名古屋・堀田の助産院へ。そこではじめて超音波によってお腹の中の赤ん坊の姿を見た。「ここが頭。ほら、動いているでしょ。指をしゃぶっているようね」と助産婦さん。現時点での赤ん坊の大きさは、両手の上に乗る程度。それでもちゃんと人の形をして、もぐもぐと指をしゃぶっている。
 私は自分の両手に赤ん坊が乗っかって、指をしゃぶっている姿を想像した。私の手と赤ん坊の手の大きさはどれほど違うのか。地球と人間? そんなバカな。
 しかし、大きさ以上に、二つの手はかけ離れているように感じた。

「さようなら」
2004/11/19

 わかれのとき、手を上げて横に小刻みに振って「さようなら」とする行為。仕事上でのつきあいだけの人に対して、そのようなわかれ方はしないし、親しい仲でも男同士ではちょっと変だな。男はわかれの時に手を振るのはどうも恥ずかしいと感じているのではないか(私だけか?)。何らかの事情があって、もう二度と会うことができないという場面では、男同士が手を振ってわかれるというのも変ではないが。あと、整備士が帽子を振って飛行機を見送るシーン、あれはいい。男と女なら、まあ許せる。というか、手を振る原点は、やはり男女のわかれにあるのだろう。
 もともと手を振るルーツは着物の袖を振るところからきている。愛しい人とわかれなければならないとき、昔の人は袖を振ってわかれた。なぜ袖を振ったのか。体の中にある魂は、体を激しく動かすと魂も一緒に動くと考えられていた。つまり、袖を大きく振る行為は、魂を揺さぶるもので、体は離れ離れになっても魂はつながっていたいという願いが込められていた。今は洋服で振る袖はないから、そのかわりに手を振る。といっても、私はわかれに際して手を振った記憶があまりない。前述したように気恥ずかしいのと、やはりどこかで魂のようなものが残ることを恐れているのかもしれない。体も魂もすっぱりわかれてしまいたいという願望がどこかにある。と、こんなことを書いていたら、実は毎日手を振ってわかれていることに気付いた。子どもを保育園へ送っていくとき、いつも「じゃあな」と言いながら、しっかり手を振っていたのだ。恥ずかしい。
 愛しい人とわかれるときには、手を上げて大きく振ることができる、そういう人間になりたいという希望もどこかにある。

これからよろしく
2004/10/06

いきなり引っ越しが完了してしまってびっくりしました。なんか、これまで掲示板に書いてくれた方の文章が無くなってしまうのはさみしいなあ。
これから私がとくに面白くもない文章を書いていきます。よろしく。
まず初めは、おわびです。
次の手の仕事の発行が確実に遅れます。10月の後半になりそうです。すいません。

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